最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)213号 判決 1956年10月23日
主文
原判決中上告人宇田川厚同南山柏茂を除くその余の上告人らに対する損害金請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
原判決中前項の部分を除くその余の部分に関する上告人らの上告を棄却する。
上告人宇田川厚同南山柏茂の上告費用は同上告人らの負担とする。
理由
上告人二三名代理人梶村謙吾の上告理由第一点について。
原判決は、株式会社銀座宝来が昭和四年四月九日本件宅地につき取得した期間一五年の地上権は、当時の地主宇田川ふさの代理人宮田国太郎から新たに設定を受けたものであり、右会社が株式会社藤田銀行から譲り受けた借地権とは異なる別個の権利であることを認定したのである。そして引用の各証拠とその説明によればこの認定は相当であつて誤りとはいえない。所論は原判示を正解しないか、または原審の認定と異なる事実に立脚し、原審の判断を非難するのであつて、理由がない。
同第二点について。
原判決は、被上告会社の譲り受けた前示株式会社銀座宝来の設定にかかる期間一五年の地上権は、借地法一一条に違反し無効であり、そして右地上権の目的は借地法三条により堅固の建物以外の建物の所有のためとみなされるから、その存続期間は同法二条一項本文の規定により設定契約成立の日から向う三〇年であると判断したのであつて、この判断は正当である。所論は、期間一五年の登記及びその譲受の登記によつて被上告会社は右期間を承認したものであり、また借地法一一条及び二条はこの承認によつて効力を左右されるとの独自の見解を主張するに過ぎず、採用することはできない。
同第三点について。
原判決は、判示の理由により、上告人宇田川厚同南山柏茂を除く各上告人らは被上告会社に対し本件店舗を収去し又は本件店舗の各占有部分から退去して本件宅地を明渡すべき義務あることを認めるとともに、右上告人らはいずれも共同して被上告会社の本件地上権を侵害するものであるから、一審判決主文掲記のように、連帯して損害を賠償すべき責任があると判断した。しかしながら原判決の認定する事実によれば、上告人株式会社新宿マルミは、その不法行為によつて被上告会社の本件土地に対する使用収益を妨げたこととなるから、これによつて被上告会社の被つた損害を賠償する責務あること明らかであるけれども、その他の上告人二〇名(以下、その他の上告人らと略称する)は、本件建物の所有者たる上告人会社新宿マルミとの契約により、各判示部分を賃借しこれを占有使用しているに過ぎないのであつて、直接被上告会社の土地に対する使用収益を妨げているとはいえない。けだし被上告会社が本件土地を使用収益できないのは、本件建物が存在するからであつて、右その他の上告人らが建物の前示各部分を占有使用していることと被上告会社が本件土地を使用収益できないこととの間には、特段の事情(例えば上告会社が本件建物の収去土地の明渡をしようとする場合にその他の上告人が故らに退去せずこれを妨害する等)のないかぎり相当因果関係がないと認めるを相当とするからである。さらに仮りに特段の事情があつてその他の上告人らもまた被上告会社の本件土地の使用収益を妨げたものと解すべきものとしても、その他の上告人らは本件建物の各判示部分を占有使用するに過ぎないこと前記の如くである以上、土地の占有も原則としてその全部には及ばないと解せられるにかかわらず(原判決は、右上告人らが共同して本件宅地を占有していることは当事者間争がない旨判示したが、記録によれば、右上告人らは本件建物中判示各部分を占有する事実を認めたに過ぎず、共同して本件住宅の全部を占有する事実を認めた形跡はうかがわれないから、右判示は誤りである)、原判決が右上告人らに対し上告人株式会社新宿マルミと連帯して本件土地全部についての賃料相当額の損害金を支払うべき旨を命じたのは、損害賠償の責任の範囲を定めるについて法律の解釈を誤つたものといわなければならない。されば原判決は以上の点において違法があることに帰し、同旨の所論は理由あることとなるから、原判決中右上告人らに対し損害金の支払を命じた部分は破棄を免れない。
右同上告代理人前野順一の上告理由第一点について。
所論は、原審の証拠判断及び事実認定を非難し、条理に反すると主張するが、原審の引用する証拠と判示説明とを合せ考えると、その判断は相当であつて誤りとは認められない。
同第二点について。
所論は、結局罹災都市借地借家臨時処理法一〇条(以下処理法という)に関する原審の解釈を争うにすぎず、しかも原審の解釈は正当であるから、採用に値しない(回復登記に関する所論については谷川代理人上告理由第一点に対する判断参照)。
同第三点について。
所論の前提とする、被上告会社が株式会社藤田銀行から同銀座宝来を経て承継した地上権が、昭和一九年に消滅したという事実は、原審の全く認定していないところであり、また原判決の判示説明においてもそのような結論を生ずる余地はない。被上告会社の地上権が処理法一〇条により上告人南山柏茂に対抗し得る以上、右地上権と相容れない右上告人の地上権設定登記の抹消を求め得べきことは論をまたない。所論は採用のかぎりでない。
同第四点について。
原判決は、一審における証人今井孝の証言により判示損害額を認定した。そして記録を調べてみても、右損害額の認定資料は一審裁判所の訊問による右証言をおいて他に一つも存しないのである。しかも右今井証人は被上告会社の被傭者(小売開発部長)であつて、その証言中原審認定の直接の証拠となつた部分は、調書第五項の記載であると認められるところ、その結論である「月売上金が参百万円仕入と売値の差が月九拾万円店の経費が六拾万円純益は月参拾万円を下らぬ見当です」という数額の根拠は、「戦前銀座、新宿では相当額の売上げでした」という補捉し難い前提によつて「戦前の実績と戦後の新宿方面の状態から新宿に売店を作れば」と仮定し一個の推測を述べたに過ぎないことが認められる。そして戦前の実績とはいかなるものか明らかでなく、その他記録によつては客観的又は具体的な判断の基礎となるべき資料は全く認められない。してみると被上告会社の判示新宿売店における複雑多様な営業の月額純益を算定するに当り、被上告会社の被傭者である証人のきわめて粗大な推測である単に「月参拾万円は下らぬ見当」という証言に基いて上告人らの損害賠償義務の範囲を直ちに原判決のように認定するのは、客観的基礎を欠く独断のそしりを免れず、採証法則の限界を越え結局理由不備審理不尽の違法あるものといわなければならない。所論は右の点において理由あることとなるから、原判決中上告人宇田川厚同南山柏茂を除くその余の上告人らに対し損害金の支払を命じた部分は、この点においても破棄を免れないものである。
上告人宇田川厚、南山柏茂代理人谷川哲也の上告理由第一点について。
不動産登記法上、登記簿の全部又は一部が滅失した場合において、旧登記簿上の権利者が司法大臣(現法務大臣)の定める回復登記申請期間内にその手続をしないで徒過すれば、その権利者はもはや回復登記をする途を失い、旧登記簿の順位を保全し得ないことは所論のとおりである。しかしながらこのことは登記簿上の効力の消滅を来すに止まり、権利者の実質上の関係になんら影響を及ぼすものではない。従つて権利者が登記をなし得る実質上の権利を失わないかぎりそれに基いて新たな登記をすることを妨げるものではないのである。そして被上告会社の地上権はこれを上告人南山柏茂にも対抗し得るものと認められる以上、被上告会社は右地上権と相容れない上告人南山柏茂の地上権登記の抹消を請求し得るものと解すべきこと前示(前野代理人第三点)のとおりであつて、所論は採用できない。
同第二点について。
本件訴訟において、被上告会社が確認及び登記手続を求めた地上権と、原判決が確認し登記手続を命じた地上権とが同一であることは判文上全く明らかであつて、民訴一八六条違反などという余地はない。従つてまた原判決が所論のように、単に借地権の一部のみを認容したということのあり得ないことも明らかであつて、民訴一九五条違反の主張もなんら根拠はない。
同第三点について。
所論は、上告人南山柏茂は換地予定地の指定を受けたから、地上権を取得したものであると主張し、また被上告会社は換地予定地の指定を受けなかつたから、本件地上権を失つたと主張するが、かかる主張は、上告人らが原審においてなんら主張しなかつたところであり、従つて原審の判断しなかつたところである。本件訴訟は、はじめから本件土地における地上権の存否を争うものであつて、換地における地上権の存否が争いとなつているものではない。従つて所論判例違反の主張はその前提たる事実関係を異にし全く当らない。結局所論は適法な上告理由として採用することはできない(なお記録によれば、被上告会社は昭和二一年一〇月一日東京都告示五〇六号による地上権者としての届出をしなかつた事実を認めたが、上告人らは、右事実を、被上告会社が上告人南山柏茂の地上権譲渡の申出を暗黙に承諾したものと認めるべき事情として主張したにすぎないことが認められる。)
同第四点について。
所論権利濫用の主張の認められないことは、原判決の判示するとおりであつて、その判断は正当であり、所論は採用できない。
同第五点について。
所論は、株式会社銀座宝来が承継した借地権がすでに五年を経過していることを前提として、原判決が本件地上権の期間を三〇年と認定したことを経験則違反であると主張するが、原判決は、株式会社銀座宝来は昭和四年四月九日新たに地上権の設定を受けた事実を認定しているのであつて、すでに五年を経過した借地権を承継した事実を認定したのではない。所論は独自の事実を前提とする主張であつて採用することはできない。
よつて、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島 保 裁判官 垂水克己)